I WANT TO TALK ABOUT
NANAKO

nanako

大阪出身メルボルン在住
25歳
元・介護士、現・バリスタ at GIDDIUP

大阪の、都会でも田舎でもなく、大きくも小さくもない町で生まれ育ちました。

小さい頃から、興味のあることは何でもやってみたい!と、親にワガママをきいてもらい何でもさせてもらいました。
一度経験してしまえば、すぐに飽きてしまい長続きせず、、、の繰り返しで小学校6年生までに経験した習い事は、たくさんありました。
唯一、長ーーーーーーーーく続いたのはDANCEでした。

小学校6年生の後半から始めたHIPHOPDANCEは今までに経験した事のないハマり様で、本当に楽しくて中学高校はDANCEばかりでした。
DANCE仲間と朝まで踊り明かす事も多く、本当に楽しい毎日でした。

高校3年生の終わり頃、卒業後の進路を決めなければいけない時期がやってきましたが、私はDANCE以外に興味のある事が思い浮かばずにギリギリまで決めれずにいました。
みかねた母が私に助言。

「ナナはおじちゃんおばあちゃんが好きなんやから、介護士の学校に行ってみたら?」

と介護福祉士の資格が取れる専門学校のパンフレットを渡してくれました。
目を通してみると、「何かオモロそうやなぁ〜。確かにおじいちゃんおばあちゃん好きやしなぁ〜。」と特に悩むことなく、専門学校に入学することに決めました。

その後、2年の就学を終え、実習先でお世話になった老人ホームへの就職も決まり、ある日の出来事が退職を決意するまでの2年半、介護士として働いていました。
2012年9月末、退職。

2012年10月末、遂にオーストラリアのブリスベンに移り、そこから私の人生で忘れられないほどに素敵な3年の海外生活が始まりました。

ブリスベンに4ヶ月、ガトンに3ヶ月、メルボルンに2年半。
メルボルンで素敵なカフェ、コーヒーに出会い魅了され、海外生活の大半を過ごすことになります。
「コーヒー作れたらかっこいいー!」とバリスタになることを決意し、5週間のバリスタ学校に通い、その後はバリスタとしてのJOB探し。

経験0、英語もままならない私を相手にしてくれるカフェは0に等しく、何度も何度もくじけそうになりながらも、徐々に徐々にチャンスを広げ、やっと掴んだ運命のチャンスに繋げることが出来ました。
"GIDDIUP"という小さいけれど、お客さんの絶えない忙しいカフェでバリスタとして働かせてもらうことになりました。

GIDDIUPのスタッフお客さんは皆、本当にいい人ばかりで働くことが本当に楽しくて幸せでした。
英語もバリスタとしての経験もままならなかった私のフォローは相当大変だったと思います。
それでも、いつだって笑顔で「大丈夫だよ、心配ないよ!」とサポートしてくれた仲間には、心の底から感謝しています。

いつしか私は、GIDDIUPのようなコーヒーもランチもスタッフもお客さんも全てが素敵なカフェをオープンしたい!という大きな夢が出来ました。
私は今、その大きな夢に向かってワクワクしながら日々歩んでいます。

nanako's workplace

Nanakoに人生に影響を与えた出来事・人物は?

私の人生に影響を与えた瞬間は、老人ホームで働いていた時の先輩の言葉です。
私がまだ介護士1年目の頃のある日、先輩が「何か夢ある?」と私に尋ねました。
その頃の私の夢は"お金を貯めて、親元を離れて東京で一人暮らしをしてみたい"でした。
それを話すと先輩は、「何じゃそれ!大阪も東京も同じ日本やねんし、変わらんで!どうせなら、日本から飛びでろ阪村!」と冗談交じりに一喝。
私はなぜか

「ホンマやん!一緒か!海外もありやん。英語話せるようになったらカッコイイしな!」

と単純な理由で目標のシフトチェンジ。
その出来事のおかげでワーホリ留学を決意し、今に至ります。

もう一つ、私に影響を与えた言葉があります。
私がワーホリ留学を理由に、退職の相談を上司に話した時です。上司はこう言いました。
「ワーホリなんか行くな。行って何になる?俺の周りでワーホリに行ったけど、結局、日本人の友達とつるんでたり、日本食レストランで働いたりして、日本語環境をそばに、ろくに英語も話せるようにならんと帰ってきたヤツらがおる。帰国後の再就職にも苦労してた。行くな。ワーホリなんかそんなもんや。」と。

正直、ショックでしたしカチンともきました。私の夢を、目標をそういう風に言う?と。バカにされた気持ちになったからです。でも、そういう風に言われて「絶対見返してみせる。私はそんな風にはなって帰らない。英語だって話せるようになってみせるし、ローカルのお店で働いてみせる。」と"見返してやる!"の気持ちがメラメラとやる気に繋がったんです。

渡豪後当初、知らない土地・言葉も通じない環境で不安に潰れそうになった時、くじけそうになった時は、いつだってこの言葉に背中を押され頑張れることが出来ました。

この、上司と先輩の言葉がなければ、私は今ココでこうして"今"に繋がっていなかったと思います。とても感謝しています。この出来事は、私の人生の中で大切な瞬間でした。

Nanakoの大切にしている言葉

道に迷った時は、ワクワクする方へ。
楽しくなければ、笑えなければ意味がない。

Nanakoの人生において、大切にしていること。

介護士の経験から学んだコトなのですが、認知症の方でほとんどの記憶が薄れていても、決まって楽しそうに誇らしげに素敵な表情で話されることは、「人生で最も輝かしかった出来事」なんです。
もしも、私が年老いてボケて自分の名前さえも言えなくなった時、このオーストラリアで過ごした日々を、毎日毎日、何度でも何度でも話し続ける自信があります。
私は、人生でこう思える出来事をさらに上回るほどの素敵な瞬間を探し続ける気持ちを大切にしていきたいです。

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